先月、「君の名は。」を観ました。

最近徳光化している僕としては、泣けた。

そこで、知り合いの心理学の教授に「君の名は。」を観るように勧めてみました。

「なぜか泣けるんですよー」と。


そして昨日映画を観た心理学教授と電話で話しました。

「泣けました?」と聞くと、
「僕は泣けませんでしたね」

泣かないのかい。


心理学教授が驚いていたのは、アニメ映画なのに若者と同じ比率で中高年が多かったこと。

この年代が泣けるのは、「あの時あの人と付き合っていたら、どうなっていたんだろう」と無意識に想像させる余地が、この映画にあるのではないかということでした。

なぜこうなってああなったのかの設定を深堀りしていないのは、多くの世代が入り込む「余地」を作るためだったのではとも言っていました。


若い人は、運命の出逢いがハッピーエンドだったことに泣けたと思います。

でもおっさんは、今を地に足をつけて生きて行くのを前提に過去を振り返り泣けるのかも。

観る年代にとって感想が違う映画なのではないかということでした。


「運命の出逢い」に対する捉え方で、感じ方が変わる映画かもしれません。

その教授は、過去の「運命の出逢い」は後付けだと言っていました。

過去の「運命の出逢い」かもしれなかったことは、後から綺麗な思い出としてコーティングしているから、今もずっと綺麗なままで残り続けています。


教授が言うには、今その瞬間瞬間が「運命の出逢い」。

「もし」はなくて、そこに「答え」もない。

今ある状況、それが「運命」だと。


心理学者は、ロマンティックと現実主義の狭間を行ったり来たりしているのか?