今日は、エレメカと呼ばれるゲーム機の話です。
僕がナムコに入社した時の部署は、EM開発部というエレメカと呼ばれるジャンルのゲーム機を作る部署でした。
「エレメカ」とは、エレキとメカの略で、モニターを使わずにプログラムとメカ機構で遊ばせるゲームのジャンルです。
(後に「X-DAY」のようにモニターを使うゲーム機も出すようになりましたが)
ナムコでいえば「ワニワニパニック」やお菓子をすくい上げる「スウィートランド」、他社でいえば「UFOキャッチャー」や「エアホッケー」もエレメカにあたります。
エレメカの特徴はユーザーを選ばず、親子、カップル、グループで賑わえるところです。
真剣にハイスコアを狙うテレビゲームと違い、仲間で競い合う楽しさがあります。
当時のEM開発部の部長は、現バンダイナムコホールディングスの会長の石川さんでした。
石川さんは、大ヒット作「ワニワニパニック」を企画しましたが、当時上司に企画を通した時の話は、新入社員に語り継がれていました。
そこには、「企画は熱意が必要だ」という意味があったのだと思います。
当初「ワニワニパニック」は、提案書レベルでは上司から「モグラたたきの二番煎じじゃないか」と否定されていたそうです。
しかし、「これは面白い」という確信を持っていた石川さん(現会長)は、スリッパに棒を付けて段ボール箱の後ろから手動で出したりひっこめたりさせる試作品を自分で作ったそうです。
それを上司に遊ばせて面白さを体験させたことで、企画を通したということでした。
そして製品化された「ワニワニパニック」は5000台以上売れ、日本の多くのゲームコーナーに置かれるようになりました。
昨年石川会長は、「大ヒットを連発のバンダイナムコが大切にしているたった一つの考え方」という本を出しましたが、著書の中でヒット作を出すには、
「なんとしてもこの製品を世に出すんだという一人ひとりの熱意や執念に尽きる」と書いています。
特に型破りな企画の場合、係長、課長、部長と順番に説得していくのに労力と時間を使い、大きな手間が発生し、「ダメ」といった多数派を説得しなければいけず、製品化へのハードルも上がってしまいます。
そこで、石川会長は「トンネルをくぐることも必要だ」と述べていました。
上司をすっ飛ばしていきなり社長のOKをもらうのです。
当時のナムコは数十人の規模だったので、社長への直談判も今ほどハードルは高くなかったでしょう。
だからよくエレベーターの前で提案書を持って社長を待っていたそうです。
現石川会長の本を読んで、エレメカの部署の部長だった頃、石川さんが二次会のカラオケの時に放った一言を思い出しました。
「俺は10年後にナムコの社長になるぞ」
何故か酔っ払いの言葉でも聞き流さず覚えていたのですが、約十年後、石川さんは本当に社長になりました。
「社長」になると言ってその期間も踏まえて有言実行したのは、石川さんの人柄とナムコ愛と「世の中に面白いものを提供したい」という熱意だったのかなと思います。
石川会長の本
僕がナムコに入社した時の部署は、EM開発部というエレメカと呼ばれるジャンルのゲーム機を作る部署でした。
「エレメカ」とは、エレキとメカの略で、モニターを使わずにプログラムとメカ機構で遊ばせるゲームのジャンルです。
(後に「X-DAY」のようにモニターを使うゲーム機も出すようになりましたが)
ナムコでいえば「ワニワニパニック」やお菓子をすくい上げる「スウィートランド」、他社でいえば「UFOキャッチャー」や「エアホッケー」もエレメカにあたります。
エレメカの特徴はユーザーを選ばず、親子、カップル、グループで賑わえるところです。
真剣にハイスコアを狙うテレビゲームと違い、仲間で競い合う楽しさがあります。
当時のEM開発部の部長は、現バンダイナムコホールディングスの会長の石川さんでした。
石川さんは、大ヒット作「ワニワニパニック」を企画しましたが、当時上司に企画を通した時の話は、新入社員に語り継がれていました。
そこには、「企画は熱意が必要だ」という意味があったのだと思います。
当初「ワニワニパニック」は、提案書レベルでは上司から「モグラたたきの二番煎じじゃないか」と否定されていたそうです。
しかし、「これは面白い」という確信を持っていた石川さん(現会長)は、スリッパに棒を付けて段ボール箱の後ろから手動で出したりひっこめたりさせる試作品を自分で作ったそうです。
それを上司に遊ばせて面白さを体験させたことで、企画を通したということでした。
そして製品化された「ワニワニパニック」は5000台以上売れ、日本の多くのゲームコーナーに置かれるようになりました。
昨年石川会長は、「大ヒットを連発のバンダイナムコが大切にしているたった一つの考え方」という本を出しましたが、著書の中でヒット作を出すには、
「なんとしてもこの製品を世に出すんだという一人ひとりの熱意や執念に尽きる」と書いています。
特に型破りな企画の場合、係長、課長、部長と順番に説得していくのに労力と時間を使い、大きな手間が発生し、「ダメ」といった多数派を説得しなければいけず、製品化へのハードルも上がってしまいます。
そこで、石川会長は「トンネルをくぐることも必要だ」と述べていました。
上司をすっ飛ばしていきなり社長のOKをもらうのです。
当時のナムコは数十人の規模だったので、社長への直談判も今ほどハードルは高くなかったでしょう。
だからよくエレベーターの前で提案書を持って社長を待っていたそうです。
現石川会長の本を読んで、エレメカの部署の部長だった頃、石川さんが二次会のカラオケの時に放った一言を思い出しました。
「俺は10年後にナムコの社長になるぞ」
何故か酔っ払いの言葉でも聞き流さず覚えていたのですが、約十年後、石川さんは本当に社長になりました。
「社長」になると言ってその期間も踏まえて有言実行したのは、石川さんの人柄とナムコ愛と「世の中に面白いものを提供したい」という熱意だったのかなと思います。
石川会長の本
コメント
コメント一覧 (2)
会長の本を読みたくなりました。