新型コロナの影響でコンビニのレジも手渡しでお金を渡すのをやめてトレーで出すようになった。

昭和、平成の時代であれば手渡しで可愛い子にお釣りを渡されるだけで好きになった男達もいた。

その時、好きになるきっかけの渡し方は、両手で包む感じである。

それで好きになってしまう。

おかしな感覚が純粋さの屈折した男子にはあった。

しかし、その気持ち、今でもわかる。


でもコロナの流行った今では、手渡しで渡されるのを怒るお客もいるし、店員さんも手で渡したくない。

一年前、一月会わなかっただけで「久しぶりー」と握手を求めてくるのは、大概イケてる企業の社長だった。

海外では何かのきっかけに握手するのは頻繁にあるだろうが、日本で握手を求めてくる人は「握手を求めてくる方に抗えないパワーがある人」が多かった。

昭和世代の僕からすれば、フォークダンスで同級生の女子と手を繋ぐ・・・と言っても指先だけ摘まんでいるような感じですらドキドキしていたので、大人になって同性でも握手は何か照れくさかった。


僕だけじゃないだろうが、人と手を繋ぐことは特別だった。


僕からすれば手を繋ぐ関係性のカップルは、「深い関係にある」と思う。
1、2回デートした仲ではない。

手が後。だ。
(僕の順番が今までおかしかったのか?)


手を繋ぐだけの小説風写真集の企画を立てたこともあった。

手にはパワーがあり、手には聖域があり、繋ぎ方でストーリー性もあるように思っていた。

手を繋ぐことにいろんな意味があった。


今この時、他人の手に触れることはない。

漫才ですら相方にドツキさえも出来ない。


コロナが終息した時。
人と触れ合うことに何かしらの危機感を抱いたままの感覚を維持しないでいて欲しいと思う。
特に植え付けられ易い3,4歳の子どもとその親に。


もちろん今は他人との物理的な距離が必要だが。
精神的距離の自分なりの取り方の表現は変わらないでいて欲しい。


ちなみに僕は思春期の娘や嫁とはもう何年も手を繋いでいない。