最近「一体俺はどこに向かおうとしているのか」と考え始めた僕は、
平日の夕方5時からTOKYO MX「5時に夢中」を見ていたりしています。
「5時に夢中」を見ているなんていう人はですね、ほぼほぼ無職か自称自由業ぐらいなもんです。
「5時に夢中」の木曜日のコーナーでは、「ことわざアップデート」というコーナーがあります。
昔のことわざを同じ意味で今風にアップデートして表現するというもの。
例えば2016年の年間大賞にノミネートされた「ことわざアップデート」には、こんなものがありました。
・「月とスッポン」をアップデート → 「CXとMX」
自虐的!
・「猿も木から落ちる」をアップデート → 「鷹も指が折れる」
相手の圧がハンパなかったのでしょう。
もちろん鳥じゃない方の鷹ですよ?
・「水を得た魚のよう」をアップデート → 「世界陸上の織田裕二のよう」
「競艇中の蛭子さんのよう」とも言えます。

そんな「ことわざアップデート」ですが、先週のテーマは、「賽は投げられた」でした。
意味は、
「既に起こってしまったことだから、決断して行動するしかない」
というものです。
アップデートした結果として、「文春は動き出した」などがある中で、
「パイは舐められた」だとか
「皮はひんむかれた」など、
まだ夕陽は空にあるのにネタはシモばっかり。
そんな中で優秀作に選ばれたのは、
「便は顔出した」
これはヤバイ状況ですよ。
産まれる寸前です。
もしくは、貞子状態です。
肩ぐらいまで出てきてたらもー死にます。
しかし、この言葉が持つ意味は、状況によって大きく異るものになるでしょう。
どこまで顔を出しているのか、
本当に顔だけなのか、
まさか上半身まで出てしまっているのではないのか。
その状況次第では、「賽は投げられた」というよりは、
「時既に遅し」になりかねないのです。
そして、最終的にお腹のルギアが爆誕したのなら、「覆水盆に返らず」。
「宿便、腸に返らず」となるのでしょう。

平日の夕方5時からTOKYO MX「5時に夢中」を見ていたりしています。
「5時に夢中」を見ているなんていう人はですね、ほぼほぼ無職か自称自由業ぐらいなもんです。
「5時に夢中」の木曜日のコーナーでは、「ことわざアップデート」というコーナーがあります。
昔のことわざを同じ意味で今風にアップデートして表現するというもの。
例えば2016年の年間大賞にノミネートされた「ことわざアップデート」には、こんなものがありました。
・「月とスッポン」をアップデート → 「CXとMX」
自虐的!
・「猿も木から落ちる」をアップデート → 「鷹も指が折れる」
相手の圧がハンパなかったのでしょう。
もちろん鳥じゃない方の鷹ですよ?
・「水を得た魚のよう」をアップデート → 「世界陸上の織田裕二のよう」
「競艇中の蛭子さんのよう」とも言えます。

そんな「ことわざアップデート」ですが、先週のテーマは、「賽は投げられた」でした。
意味は、
「既に起こってしまったことだから、決断して行動するしかない」
というものです。
アップデートした結果として、「文春は動き出した」などがある中で、
「パイは舐められた」だとか
「皮はひんむかれた」など、
まだ夕陽は空にあるのにネタはシモばっかり。
そんな中で優秀作に選ばれたのは、
「便は顔出した」
これはヤバイ状況ですよ。
産まれる寸前です。
もしくは、貞子状態です。
肩ぐらいまで出てきてたらもー死にます。
しかし、この言葉が持つ意味は、状況によって大きく異るものになるでしょう。
どこまで顔を出しているのか、
本当に顔だけなのか、
まさか上半身まで出てしまっているのではないのか。
その状況次第では、「賽は投げられた」というよりは、
「時既に遅し」になりかねないのです。
そして、最終的にお腹のルギアが爆誕したのなら、「覆水盆に返らず」。
「宿便、腸に返らず」となるのでしょう。

コメント
コメント一覧 (2)
やっぱり前進あるのみですかね?
確かに漏れた便は戻りません。
放出あるのみです。